診療所で院長の家族を雇うとき|同居の親族は労働者か、保険はどうなるか#クリニック経営#開業医#診療所#家族従業員#社会保険#労災保険#社労士#労務管理
奥様が受付と会計を、お母様が院内の清掃を担当している。
給与も毎月きちんと払っている。
それでも「この人たちに就業規則は要るのか」「院内で転んだら労災は下りるのか」と聞かれると、答えに詰まる院長は少なくありません。
診療所の家族従業員は、法律ごとに扱いが違います。
この記事では、判断の順番と、個人開業と医療法人での違いを整理します。
目次
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1. 結論:ここだけ押さえる
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2. 労働基準法は「同居の親族」をどう見るか
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まず、2つの規定を分けて理解する
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「のみ」が外れると、話が変わる
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労働者として扱われる2つの条件
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3. 診療所ではどこが問題になるか
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個人開業か、医療法人かで出発点が変わる
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医師国保に入っている診療所は、もう一段の手続がいる
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家族が院内でけがをしたら、労災は下りるのか
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4. 保険ごとに、見るところが違う
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雇用保険は、まず一般の要件から見る
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健康保険・厚生年金保険は4つの点を見る
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5. まとめ
1. 結論:ここだけ押さえる
✅同居の親族は、原則として労働基準法上の労働者に当たりません(昭和54年4月2日基発第153号)。これは条文ではなく、行政の解釈です。
✅ただし、常時、家族以外の従業員を雇っている診療所では、2つの条件を満たす同居の親族は労働者として取り扱われます。年次有給休暇も割増賃金も必要になります。
✅労災保険は、労働基準法上の労働者かどうかで決まります。雇用保険と健康保険・厚生年金保険は、それぞれ別の基準で判断します。「労働者だから全部入る」ではありません。
✅個人開業か医療法人かで出発点が変わります。医師国保に加入している場合は、健康保険の手続がもう一段必要です。
2. 労働基準法は「同居の親族」をどう見るか
まず、2つの規定を分けて理解する
混同されやすい点なので、先に分けておきます。
1つ目は、労働者かどうかの話です。
労働基準法は、労働者を「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定めています(労働基準法第9条)。
同居の親族は、原則としてこの労働者に当たらないとされています。
ただしこれは条文ではなく、行政の通達(行政が内部向けに示す、法令の解釈や運用の指示)による解釈です(昭和54年4月2日基発第153号)。
2つ目は、法律が適用されるかどうかの話です。
労働基準法は、同居の親族のみを使用する事業と家事使用人には適用しないと定めています(労働基準法第116条第2項)。
事業を単位とした適用除外(そのルールが適用されないこと)です。
同じ線引きは、労働契約法第21条第2項にも置かれています。
労働安全衛生法第2条第2号と最低賃金法第2条第1号は、労働者の定義から「同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者」を除く、という書き方でこれをそろえています。
つまり、個人開業の診療所で、働いているのが院長と同居の親族だけなら、労働時間の上限も、割増賃金(残業・休日・深夜に働いた分の上乗せ賃金)も、年次有給休暇も、最低賃金すらも、法律上の義務としてはかかりません。
なお「同居の親族」とは、事業主と住居も生計もともにする民法上の親族です。
個人開業であれば事業主は院長本人ですので、院長と同居している家族が当てはまります。
民法上の親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族を指します(民法第725条)。
「のみ」が外れると、話が変わる
適用除外になるのは、同居の親族「のみ」を使用する事業です。
家族以外の従業員が1人でもいれば、その診療所は労働基準法の適用を受けます。
看護師や医療事務を雇っている診療所は、ほぼここに当たります。
この場合、同居の親族についても、労働者かどうかを実態で判断することになります。
労働者として扱われる2つの条件
通達は、判断の枠組みをこう示しています。
同居の親族は原則として労働者に当たりませんが、常時同居の親族以外の労働者を使用する事業で一般事務や現場作業などに従事し、次の2つを満たす人は、労働基準法上の労働者として取り扱われます(昭和54年4月2日基発第153号)。
1. 業務を行うにつき、事業主の指揮命令に従っていることが明確であること
2. 就労の実態が、その事業場における他の労働者と同様であり、賃金もこれに応じて支払われていること
2番目には、具体的な中身が続きます。
(イ)始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等
(ロ)賃金の決定・計算・支払の方法、賃金の締切りと支払の時期等
について、就業規則その他これに準ずるものの定めにより、その管理が他の労働者と同様になされていることが求められます。
奥様が他のスタッフと同じ時刻に出勤し、同じ賃金規程で計算した給与を受け取り、院長の指示で受付業務をしている。
この状態であれば、労働者に当たると判断される方向に働きます。
ただし、労働者かどうかは実態で判断されます。
実態が他のスタッフと同じであるのに、書類だけを分けても、労働者ではないことにはなりません。
3. 診療所ではどこが問題になるか
個人開業か、医療法人かで出発点が変わる
個人開業の診療所では、事業主は院長本人です。
院長と同居する配偶者や親は、まさに「同居の親族」に当たります。
前の章の枠組みがそのまま働きます。
医療法人では、事業主は法人です。
院長は理事長という役員の立場になります。
この場合、理事長と同居する親族であっても、労働者かどうかは通常の従業員と同じように判断します。
なお、事業主が法人になりますので、労働基準法の適用除外(労働基準法第116条第2項)が当てはまるかどうかは、所轄労働基準監督署(事業場の所在地を担当する労働基準監督署)に確認してください。
確認が取れるまでは、労働基準法が適用される前提で運用しておくのが安全です。
ただし、法人にしたから自動的に労働者として扱われるわけではありません。
雇用保険の実務では、形式的には法人であっても、実質的には代表者の個人事業と同様と認められる場合は、個人事業主と同居の親族の場合と同様、原則として被保険者としないとされています(雇用保険に関する業務取扱要領 20303)。
要領が挙げる例示は、株式や出資の保有状況、取締役会や株主総会の開催状況という、株式会社を念頭に置いたものです。
医療法人(社団)では、社員総会や理事会が実質的に開かれているかといった点が判断材料になると考えられます。
判断に迷う場合はハローワークに確認してください。
なお、平成19年4月1日以降に設立された医療法人には出資持分がありませんので、「出資の保有割合」という例示をそのまま当てはめることはできません。
医師国保に入っている診療所は、もう一段の手続がいる
健康保険と厚生年金保険は、次の事業所が強制適用事業所(法律上、必ず社会保険に入らなければならない事業所)になります。
✅すべての法人事業所(常時従業員を使用するもの。役員1人だけの医療法人も含みます)
✅常時5人以上の従業員を雇用している個人事業所のうち、法律で定められた業種のもの
この業種には医療事業が含まれています。
つまり、常時5人以上を雇う個人開業の診療所は、健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所です。
「常時5人以上」に数えるのは、正社員と、週の所定労働時間および月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の4分の3以上であるパート・アルバイトです。
ここで注意点が2つあります。
個人事業主本人は数に含めません。
また、同居の親族は、後述の4点などから事業主と事実上の使用関係が認められるかどうかで扱いが分かれます。
家族を数に入れるかどうかで結論が変わることがありますので、実態を確認してから判断してください。
ここで問題になるのが医師国保です。
医師国民健康保険組合に加入している診療所が強制適用事業所になると、そのままでは健康保険に切り替わります。
医師国保に残るには、加入を続けたい人ごとに、年金事務所へ健康保険被保険者適用除外承認申請(健康保険に入らず、国民健康保険組合に残ることを認めてもらう手続)を出す必要があります。
申請には国民健康保険組合の証明が必要です。
この申請は、事実が発生した日から14日以内が原則です。
期限を過ぎると、さかのぼっての承認は年金事務所が「やむを得ない」と認めた場合に限られます。
なお、外れるのは健康保険だけで、厚生年金保険には加入することになります。
そしてもう1つ。
個人事業所の事業主本人は、健康保険・厚生年金保険の被保険者になりません。
個人開業の院長は、診療所が強制適用事業所であっても、自分は国民健康保険(または医師国保)と国民年金のままです。
院長自身を厚生年金保険に入れたい場合は、医療法人化が選択肢になります。
家族が院内でけがをしたら、労災は下りるのか
労災保険法上の労働者は、労働基準法第9条の労働者と同じものと解されています(持込みトラック運転手の労働者性が争われた横浜南労基署長(旭紙業)事件・最高裁平成8年11月28日第一小法廷判決を参照)。
同居の親族が労働者に当たらなければ、針刺し事故も院内での転倒も、労災としては扱われません。
これを補う仕組みが、中小事業主等の特別加入(労働者以外の人が、任意で労災保険に入れる制度)です(労働者災害補償保険法第33条第1号・第2号、同法施行規則第46条の16)。
事業主本人(法人の場合は代表者)と、労働者以外で事業に従事する人(家族従事者、代表者以外の役員など)が対象で、該当者を全員まとめて申請するのが原則です。
企業規模の要件もありますが、一般的な規模の診療所であれば満たします。
ただし、雇用する労働者について労働保険の保険関係が成立していることが前提です。
同居の親族しか働いていない診療所には労働者がいないため、そもそも使えません。
このほか、労働保険事務組合(事業主の団体などが厚生労働大臣の認可を受けて、委託を受けた事業主の労働保険事務を処理する団体)への事務委託や、都道府県労働局長の承認といった手続の要件もあります。
詳しくは労働基準監督署か労働保険事務組合へご相談ください。
4. 保険ごとに、見るところが違う
雇用保険は、まず一般の要件から見る
前提として、雇用保険には「1週間の所定労働時間が20時間以上」「同一の事業主に継続して31日以上雇用される見込みがあること」という一般的な加入要件があります(雇用保険法第6条第1号・第2号)。
そのうえで、個人事業の事業主と同居している親族は、原則として被保険者としません。
次の3つを満たす場合に、被保険者として取り扱います(雇用保険に関する業務取扱要領 20303)。
1. 業務を行うにつき、事業主の指揮命令に従っていることが明確であること
2. 就業の実態が、その事業所における他の労働者と同様であり、賃金もこれに応じて支払われていること(具体的な中身は、前章の(イ)(ロ)と同じです)
3. 事業主と利益を一にする地位(取締役等)にないこと
実務上は、ハローワークへ「同居の親族雇用実態証明書」とあわせて、労働者名簿・出勤簿・賃金台帳の提出を求められる運用が一般的です(様式や必要書類は管轄のハローワークで異なります)。
3番目にも注意してください。
医療法人で配偶者を理事にしている場合、この条件に引っかかることがあります。
なお、法人としての実態が備わっている医療法人では、役員である親族の扱いは役員の労働者性の枠組み(同要領20351)で判断されます。
理事に就けている場合は、事前にハローワークへ確認してください。
健康保険・厚生年金保険は4つの点を見る
日本年金機構は、個人事業所の事業主の家族について、次の4点すべてに当てはまることが書類等で確認できたときなど、事業主と事実上の使用関係が明らかである場合に被保険者となるとしています。
1. あらかじめ定められた就業規則がある場合、他の従業員と同様に適用されているか
2. 出勤簿等により、他の従業員と同様に就労時間の管理がされているか
3. 賃金台帳等により、他の従業員と同様の計算で賃金の支払いを受けているか
4. 事業主の確定申告で専従者給与として支払われていないか
4番目に注意してください。税務で青色事業専従者給与として処理していると、社会保険では被保険者と認められない方向に働きます。
青色事業専従者給与とは、青色申告をしている事業主が、生計を一にする親族のうち一定の要件を満たす人に払う給与を、あらかじめ提出した届出書の範囲内で必要経費にできる仕組みです(所得税法第57条第1項)。
要件には、その年12月31日時点で15歳以上、その年を通じて6か月を超える期間その事業に専ら従事していることなどがあります。
白色申告の場合は、同条第3項の事業専従者控除という別の制度です。
税理士の助言で専従者給与にしたところ、年金事務所では家族従業員として認められなかった。
この食い違いは実際に起きます。
税務の判断は税理士へ、社会保険の資格の判断は年金事務所や社労士へと窓口が分かれることを前提に、両者を突き合わせて進めてください。
5. まとめ
診療所の家族従業員は、「労働者かどうか」を一度決めれば済む話ではありません。
労働基準法と労災保険、雇用保険、健康保険・厚生年金保険が、それぞれ別の基準で見ています。
とはいえ、判断の軸はどれも同じ方向を向いています。
✅指揮命令があるか。
✅就労の実態が他のスタッフと同じか。
✅賃金がそれに応じて支払われているか。
この3つが、出勤簿・賃金台帳・就業規則(またはこれに準ずる規程)という書類で説明できるかどうかです。
書類が整わないまま「家族だから」で運用していると、労災が下りない、社会保険の資格が認められないという形で表面化します。
開業したとき、医療法人にしたとき、スタッフが5人を超えたとき。
この3つが、見直しの節目です。
社会保険労務士小笠原事務所は、愛知県春日井市を中心に活動しております。
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