診療所の就業規則が現場と合わない理由|医師・看護師・医療事務の分け方 
#クリニック経営#院長#就業規則#労働基準法#看護師#医療事務#社労士#労務管理

常勤の看護師、週3日だけ出る医療事務のパート、外来と当番を回す医師。

診療所は職員数のわりに職種が多く、勤務形態もばらばらです。

それなのに就業規則は開業時に作った1本のまま、という院内は少なくありません。

このズレは「使いにくい」だけでは終わりません。

週44時間の特例を失ったり、医師の残業上限を取り違えたりと、法違反に直結する場面があります。

この記事では、職種ごとに規程をどう分けるか、その順番と落とし穴を整理します。

社会保険労務士・行政書士小笠原事務所

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1. 結論:ここだけ押さえる

✅就業規則は事業場(本院・分院など、原則として場所ごとの単位)ごとに1つです。職種別の規程を分けて作ってもかまいませんが、本則と合わせて1つの就業規則として扱われます(労働基準法第89条)。

週44時間の特例を使えるかどうかは、事業場単位で決まります。「常勤だけ44時間」のように、職種を選んで特例を適用することはできません(労働基準法施行規則第25条の2第1項)。ただし、1年単位の変形労働時間制で働かせる従業員は、結果として週40時間になります(同条第4項)。

医師には、他の職種とは別枠の残業上限があります(労働基準法第141条)。医師と他の職種を同じ上限で36協定を組むことはできないため、上限は職種ごとに書き分ける必要があります。

2. 就業規則には何を書き、どう届け出るのか

常時10人以上の従業員を使用する事業場では、就業規則を作成し、行政官庁(実務上は所轄労働基準監督署長)に届け出なければなりません(労働基準法第89条)。

変更したときも同じです。


この「常時10人以上」は、パートタイマーやアルバイトも含めて数えます。

また、企業単位ではなく事業場単位で判断します(兵庫労働局)。

分院がある場合は、分院ごとに数えます。

ただし、著しく小規模で独立性のない出張所などは、直近上位の事業場に含めて扱われることがあります。

判断に迷う場合は所轄の労働基準監督署にご確認ください。


必ず書かなければならない絶対的必要記載事項は3つです(労働基準法第89条第1号〜第3号)。

①始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合の就業時転換、

②賃金(賞与などの臨時の賃金等を除く)の決定・計算・支払の方法、締切りと支払の時期、昇給、

③退職に関する事項(解雇の事由を含む)です。

退職手当(第3号の2)や賞与(第4号)などは、その定めを置く場合にだけ記載が必要になります。

意見を聴き、届け出て、周知するまでが1セットです

作成・変更にあたっては、従業員の過半数で組織する労働組合、それがなければ過半数代表者(従業員の過半数を代表する人。投票や挙手などで選ぶ)の意見を聴かなければなりません(労働基準法第90条第1項)。

求められているのは意見であって、同意ではありません

反対意見であっても、その意見を記した書面を添えて届け出れば、届出としては受理されます(同条第2項)。


ただし、届出が受理されることと、変更後の内容が有効であることは別の問題です。

賃金や手当を引き下げるなど労働条件を不利益に変更する場合は、労働契約法第9条・第10条により、変更の合理性が別に問われます。

反対を押し切って届け出れば済む、という話ではありません。


さらに、就業規則は従業員に周知しなければなりません(労働基準法第106条第1項)。

方法は労働基準法施行規則第52条の2に3つ定められています。

作業場の見やすい場所への掲示か備付け、書面の交付、または各作業場に確認用の機器を置いたうえでのファイルへの記録です。

院長室の引き出しにしまってある状態は、このどれにも当たりません。

職種ごとに別の規程を作ってよいのか

作ってかまいません。

通常の従業員とは異なる労働条件で働く人について、一部の従業員だけに適用される別個の就業規則(たとえば「パートタイマー就業規則」)を作成しても差し支えないとされています(兵庫労働局)。


ただし、次の2点に注意してください。


✅本則の側に、その職種を適用から外す規定(適用除外規定)と、別規程に委ねる規定(委任規定)を置いておくのが安全です。本則に何も書かずに別規程だけ作ると、本則がその職種にも適用されるのかが曖昧になり、二重適用のトラブルにつながります。

✅本則と別規程を合わせたものが、その事業場の就業規則として扱われます。したがって意見聴取も届出も、全体について行います(労働基準法第89条・第90条、兵庫労働局)。


なお、短時間労働者に関する事項について就業規則を作成・変更するときは、その事業所で雇用する短時間労働者の過半数を代表すると認められる人の意見を聴くよう努めることとされています(パートタイム・有期雇用労働法第7条第1項)。

こちらは努力義務ですが、有期雇用労働者にも準用されます(同条第2項)。


職種別に手当や賞与を分ける場合は、通常の労働者との間に不合理と認められる相違を設けてはならない点にも注意してください(同法第8条)。

また、短時間・有期雇用労働者を雇い入れたときは、昇給の有無・退職手当の有無・賞与の有無・相談窓口を文書の交付などによって速やかに明示する義務があります(同法第6条第1項、同法施行規則第2条第1項)。

違反すると10万円以下の過料の対象になります(同法第31条)。

3. 診療所ではどこが問題になるか

ここからが、診療所に固有の論点です。

週44時間の特例は、職種では分けられません

労働時間の原則は1週40時間・1日8時間です(労働基準法第32条)。

ただし一部の事業には特例があり(労働基準法第40条)、その中身は労働基準法施行規則第25条の2第1項が定めています。


特例措置対象事業場(週44時間まで認められる、業種と規模の要件を満たす事業場)の要件は2つです。


1. 業種:労働基準法別表第一(労働基準法の末尾にある、事業の種類の一覧表)の第8号、第10号(映画の製作の事業を除く)、第13号、第14号のいずれか。診療所は第13号の「病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業」に当たります。

2. 規模常時10人未満の従業員を使用すること。


緩和されるのは1週間の上限だけです。1日8時間は変わりません。

条文は「一週間について四十四時間、一日について八時間まで」と定めています。

「44時間まで使えるから1日9時間」という組み方はできません。


もうひとつ誤解されやすい点があります。

この「常時10人未満」は、事業場の従業員全体で数えます。

医師も看護師も医療事務も、パートも含めて数えます。

ですから「常勤の看護師だけ週44時間、パートは週40時間」といった職種ごとの使い分けはできません。


そして、常態として10人以上を使用する状態になれば、事業場の法定労働時間は週40時間に戻ります(繁忙期の応援などで一時的に10人になっただけでは、「常時10人以上」には当たりません)。

就業規則の所定労働時間を44時間前提のまま放置していると、週40時間を超えた分に残業代の支払義務が生じます。

1年単位の変形労働時間制を入れると、その対象者は週40時間に戻ります

健診や予防接種の繁忙期を吸収したい、という相談はよくあります。

ここに落とし穴があります。

変形労働時間制(忙しい時期と落ち着く時期で、1日の勤務時間を変えられる仕組み)のうち、特例と併用できるものとできないものがあります。

制度 週44時間の特例との関係(その制度で働かせる従業員について)
1か月単位の変形労働時間制 週44時間を平均の上限として使えます(労働基準法施行規則第25条の2第2項)
フレックスタイム制(清算期間が1か月以内) 週44時間を平均の上限として使えます(同条第3項)
フレックスタイム制(清算期間が1か月超) 特例は適用されません(同条第4項)
1年単位の変形労働時間制 特例は適用されません(同条第4項)
1週間単位の非定型的変形労働時間制 特例は適用されません(同条第4項)

労働基準法施行規則第25条の2第4項は、労働基準法第32条の4(1年単位の変形労働時間制)などによって労働者に労働させる場合には、同条第1項から第3項までを適用しないと定めています。

つまり1年単位の変形労働時間制で働かせる従業員については、平均の上限が週40時間になります。 


繁忙期対策として1年単位を導入し、その従業員の所定労働時間は週44時間のまま、という組み合わせは成り立ちません。

同じ事業場でも、この制度の対象にしない職種は週44時間の特例を使えますが、そうすると職種ごとに所定労働時間の設計が分かれます。

就業規則の書き分けが避けられなくなる場面です。


なお、1年単位の変形労働時間制で対象期間を3か月超と定めると、36協定の限度時間も1か月42時間・1年320時間に下がります(労働基準法第36条第4項かっこ書き)。

医師の残業上限は、看護師や医療事務とは別枠です

医師の時間外・休日労働の上限規制は、令和6年4月1日から適用されています(労働基準法第141条)。

対象となる特定医師は、労働基準法施行規則附則第69条の2で「病院若しくは診療所で勤務する医師(医療を受ける者に対する診療を直接の目的とする業務を行わない者を除く。)」などと定められています。

無床診療所の勤務医も対象です。

まず押さえてほしいのは、医師の36協定でも、原則の限度時間は他の職種と同じ1か月45時間・1年360時間だという点です(労働基準法第36条第3項・第4項)。

医師について適用が外れるのは同条第5項と第6項第2号・第3号であり、限度時間の定めは読み替えのうえで残ります(労働基準法第141条第1項)。

年960時間を最初から協定できるわけではありません 

そのうえで、臨時的に限度時間を超えて働かせる必要がある場合の上限が、水準ごとに定められています。

上限は2種類あり、意味が違います。いずれも1か月は100時間未満(例外あり)で、1年の上限は次のとおりです。

時間数は時間外労働と休日労働の合計です。

水準 (1) 36協定に書ける上限(第141条第2項) (2) 医師個人に対する上限(第141条第3項)
A水準 年960時間 年960時間
連携B水準 年960時間 年1,860時間
B水準・C水準 年1,860時間 年1,860時間

(1)は自院の時間だけで判断します。

(2)は医師個人に対する上限なので、副業・兼業先の時間外・休日労働時間も合わせて判断します(厚生労働省「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」3-1)。

連携B水準で(1)と(2)が食い違うのは、このためです。

表の「例外あり」とは、面接指導を行い、その結果をふまえて必要な就業上の措置をとった場合に限って月100時間以上が認められる、という意味です。

時間外・休日労働が月100時間以上になると見込まれる医師への面接指導は、A水準の医療機関を含めて義務です。

ここで大事なのは、B水準・連携B水準・C水準は、自院の判断で使えるわけではないという点です。

これらの水準の適用を受けるには、開設者の申請にもとづき、都道府県知事から指定を受ける必要があります。

水準 指定の種類 根拠
B水準 特定地域医療提供機関 医療法附則第113条第1項
連携B水準 連携型特定地域医療提供機関 医療法附則第118条第1項
C-1水準 技能向上集中研修機関 医療法附則第119条第1項
C-2水準 特定高度技能研修機関 医療法附則第120条第1項

これらは合わせて特定労務管理対象機関と呼ばれます(医療法附則第122条第1項)。

なお、医師の上限規制を定める労働基準法第141条も、上記の医療法の各条も、いずれも法令の附則(末尾にある、施行日や特例を定めた部分)に置かれた「当分の間」の規定です。

e-Gov法令検索で条文を確認するときは、本則ではなく附則を見てください。


指定にあたっては、医師労働時間短縮計画の案の提出(同附則第113条第2項)、医療機関勤務環境評価センターの評価(同条第4項)、都道府県医療審議会の意見聴取(同条第5項)が必要です。

準備には相応の期間がかかります。


指定を受けていない診療所の勤務医は、A水準です。

36協定の原則は月45時間・年360時間で、特別条項を結ぶ場合でも年960時間が上限になります。

「うちは救急も診ているからB水準」と自己判断することはできません。


なお、この上限規制は労働者である勤務医に向けたものです。

個人開業の院長本人は事業主であり、労働者ではないため、適用されません。

ただし、院長本人が他院で非常勤として勤務している場合、その他院との関係では労働者に当たり(労働基準法第9条)、他院において上限規制の対象になります。

院長が自院で事業主として診療している時間は労働時間ではないため、他院の労働時間と足し合わせる(通算する)ことはありません。

医療法人の理事長が診療に従事している場合は、役員としての立場と切り分けて考える必要があり、個別性の高い論点になります。


一方、医師以外の職員は一般の上限規制です。

原則は1か月45時間・1年360時間(労働基準法第36条第3項・第4項)。

ただし、1年単位の変形労働時間制で対象期間を3か月超と定めた場合は、限度時間が1か月42時間・1年320時間に下がります(同条第4項かっこ書き)。

臨時的な特別の事情があって特別条項を結ぶ場合でも、1年720時間以内、1か月45時間を超えられるのは年6か月まで(同条第5項)、時間外労働と休日労働の合計は単月100時間未満・複数月平均80時間以内(同条第6項第2号・第3号)です。


なお、歯科医師は労働基準法第141条の「医師」には当たりません。

医師法上の医師に限られるためです(前掲Q&A 1-4)。

歯科医師には一般の上限規制が適用されます。

4. 実務での運用ポイント


規程を分ける作業は、いきなり条文から始めると行き詰まります。

まず自院の従業員数を数え、週44時間の特例が使えるかを確定させてから、職種と勤務形態を棚卸しする。

この順番を守ってください。

所定労働時間が決まらないうちに条文を書いても、あとで全部やり直しになります。

よくある誤解

誤解:職員が10人未満だから就業規則は作らなくてよい

実際:作成義務はありませんが、作れば労働条件の根拠になります。ただし従業員が知ろうと思えば知り得る状態に置かなければ、労働契約の内容になりません(労働契約法第7条)


誤解:週44時間の特例なら1日9時間まで働かせられる

実際:緩和されるのは週の上限だけです。1日8時間は変わりません(労働基準法施行規則第25条の2第1項)


誤解:週44時間の特例は、常勤の看護師にだけ使える

実際:適用は事業場単位で判断します。職種ごとの使い分けはできません(同項)


誤解:常時10人未満なら、どの変形労働時間制でも週44時間で組める

実際:1年単位の変形労働時間制などで働かせる従業員には特例が適用されません(同条第4項)


誤解:医師の36協定は最初から年960時間で組んでよい

実際:原則の限度時間は月45時間・年360時間です(労働基準法第36条第3項・第4項)。960時間は臨時的に必要がある場合の上限です


誤解:救急に対応しているから、うちの医師はB水準

実際:B水準は都道府県知事の指定が前提です(医療法附則第113条第1項)。指定がなければA水準です


誤解:無床診療所なので医師の上限規制は関係ない

実際:診療所で勤務する医師も特定医師に当たります(労働基準法施行規則附則第69条の2)


誤解:職員が反対しているので届け出られない

実際:求められるのは意見であって同意ではありません(労働基準法第90条第1項)。ただし不利益変更の合理性は別に問われます


誤解:開業医の院長にも医師の残業上限がかかる

実際:上限規制は労働者である勤務医が対象です。事業主である院長本人には適用されません

5. まとめ

診療所の就業規則が現場と合わないのは、職種が多いのに規程が1本だからです。

ただし「分ければよい」という単純な話でもありません。


分けられるものは、始業終業の時刻、休日、手当の体系といった労働条件です。

ここは本則と別規程で整理できます。


選べないものは、週44時間の特例を使えるかどうかです。

業種と常時10人未満という要件で事業場単位に決まるため、職種を選んで適用することはできません。

もっとも、1年単位の変形労働時間制を採る従業員は週40時間になるため、運用上は職種ごとに所定労働時間が分かれることがあります。


分けなければならないものは、時間外労働の上限です。医師とそれ以外では上限が違います。

36協定を1本で済ませていると、どちらかが誤りになります。


まずは、自院の従業員数と、就業規則に書いてある所定労働時間を突き合わせるところから始めてください。

この2つがずれていれば、そこが最初に直す場所です。


社会保険労務士小笠原事務所は、愛知県春日井市を中心に活動しております。

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