歯科医院の「週44時間」は本当に使えるか?特例の3要件と、外れる瞬間
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「歯科医院は週44時間まで大丈夫」と聞いて、そのままシフトを組んでいませんか?


この特例は、業種と人数の要件を満たした事業場だけに認められるものです。

要件から外れれば、週40時間を超えた分は残業代の対象になります。


しかも、夏季休暇のために1年単位の変形労働時間制を入れている医院は少なくありませんが、これを採用すると特例そのものが使えなくなります。

この記事では、自院が対象かを確かめる手順と、特例が外れる3つの場面を整理します。

社会保険労務士・行政書士小笠原事務所

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1. 結論:ここだけ押さえる

✅週44時間の特例は、保健衛生業など4つの業種で、常時10人未満の労働者を使う事業場だけに認められます。届出は要りませんが、要件を満たさない医院が使えば違法です。

1日8時間の上限は、変形労働時間制やフレックスタイム制を採用しない限り変わりません。また、1年単位の変形労働時間制を採用すると、特例は使えず週40時間に戻ります。

✅職員が常時10人以上になると、特例を失うと同時に就業規則の作成・届出義務衛生推進者の選任義務が生じます。「10人」は3つの意味を持つ分かれ目です。

2. 週44時間の特例とは、どういう制度か

根拠は労働基準法第40条と、施行規則第25条の2

労働基準法第32条は、労働時間を1週40時間・1日8時間までと定めています。

その例外を認めたのが第40条で、一定の事業については厚生労働省令(法律の細かい部分を定めた命令)で別の定めを置けるとしています。

これを受けた労働基準法施行規則第25条の2第1項が、次の4つの事業のうち常時10人未満の労働者を使用するものについて、1週44時間・1日8時間までとしています。


これを実務では特例措置対象事業場(週44時間まで認められる、業種と規模の要件を満たす事業場)と呼びます。

✅商業(別表第一第8号)

✅映画・演劇業(第10号。映画の製作の事業は除かれます)

保健衛生業(第13号)

✅接客娯楽業(第14号)

歯科医院は、医療法第1条の5第2項にいう診療所にあたり、別表第一第13号「病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業」に該当します。

なお、歯科技工所を併設しているなど複数の事業が混在している場合は、実態に即した判断になりますので、所轄労働基準監督署にご確認ください。

1日の上限は緩まない

特例で延長されるのは週の枠だけで、1日の上限は8時間のままです(施行規則第25条の2第1項)。

通常の労働時間制のもとでは、1日9時間を所定労働時間として組むことはできません。


実際に1日8時間を超えて働かせる場合は、その週が44時間以内であっても法定時間外労働となり、36協定の締結・届出と割増賃金の支払が必要です。

なお、後で触れる1か月単位の変形労働時間制と、清算期間が1か月以内のフレックスタイム制を採用した場合は、特定の日に8時間を超える所定労働時間を組むことができます(同条第2項・第3項)。

44時間を超えた分が時間外労働になる

労働基準法第36条第1項は、時間外労働の起点を「第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間」と書いています。

特例事業場では44時間が基準になるため、週40時間から44時間までの部分は法定労働時間内となり、時間外労働の割増賃金(2割5分以上)は必要ありません(第37条第1項)。


ただし、次の点は別です。ここを取り違えると未払賃金になります。

✅この部分についても、実際に働いた時間分の賃金(1.0倍)は当然に支払います。

深夜割増(午後10時から午前5時、2割5分以上。第37条第4項)と法定休日の割増(3割5分以上。第37条第1項と、同項の委任を受けた政令)は、その時間が法定労働時間内かどうかと関係なく発生します。

1か月の時間外労働が60時間を超えた部分は、割増率が5割以上になります(第37条第1項ただし書)。中小企業への猶予措置は令和5年4月1日で終了しており、歯科医院にもそのまま適用されます。


44時間を超えて働かせるには36協定(残業や休日労働をさせるために必要な労使協定)が必要で、超えた分には割増賃金がかかります。

36協定で延ばせる時間は、原則として1か月45時間・1年360時間までです。

ただし、対象期間を3か月超とする1年単位の変形労働時間制を採用している場合は、1か月42時間・1年320時間が上限になります(第36条第3項・第4項)。

3. 歯科医院で特例が外れる3つの場面

「うちは保健衛生業だから44時間」で止まっている医院ほど、次のどれかに当たっています。


1年単位の変形労働時間制を入れた瞬間、週40時間に戻る

夏季休暇や年末年始をまとめて休むために、1年単位の変形労働時間制(1年を通して、忙しい時期と落ち着く時期で勤務時間を変える仕組み)を入れている医院は少なくありません。

しかし施行規則第25条の2第4項は、1年単位の変形労働時間制、1週間単位の非定型的変形労働時間制、清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制で労働させる場合には、44時間の特例を適用しないと定めています。


条文が「労働させる場合」と書いているため、これらの制度を適用する職員については週40時間が基準になります。

職員ごとに制度を分けている場合の扱いは判断が分かれ得るので、医院全体を週40時間で組むのが安全です。


逆に、1か月単位の変形労働時間制と、清算期間が1か月以内のフレックスタイム制であれば、44時間を基準に組めます(同条第2項・第3項)。

ただし、どちらも手続が要ります。

前者は労使協定または就業規則等で「1か月以内の期間を平均して週44時間を超えない」定めを置くこと、後者は就業規則等で始業・終業の時刻を職員の決定に委ねる旨を定めたうえで労使協定を結ぶことが必要です。

職員が常時10人になると、3つの義務が同時に動く

「常時10人未満」は事業場ごとに数えます。

分院があれば、医院ごとの人数です。


数え方について、**石川労働局**は就業規則の作成義務(労働基準法第89条)の「常時10人以上」を次のように説明しています。

特例の「常時10人未満」も同じ「常時使用する労働者数」の考え方によるものと解されていますが、特例の人数要件に絞った公表資料は乏しいため、最終的には所轄労働基準監督署へ確認頂く必要があります

✅出勤している人数ではなく、雇用している労働者が常態として何人いるかで判断する

パート・アルバイトも含む。勤務時間が1〜2時間程度の職員でも1人と数える

✅有期契約の職員を一時的に雇い入れて10人を超えたが、契約が終われば10人未満に戻る場合は、「常時10人以上」に当たらない


歯科医院で迷いやすいのが、次の4つです。

✅院長(個人事業主)本人は労働者ではないため、この10人に含めません。

✅医療法人の場合、理事長・理事も原則として労働者ではありませんが、他の職員と同様の勤務実態があり使用人を兼ねていると評価される場合は、労働者として扱われることがあります。

✅派遣で来ている職員は、派遣元の労働者として数えるのが原則です。

✅院長の配偶者などの同居の親族は、原則として労働者に当たりませんが(労働基準法第116条第2項)、他の職員と同じように指揮命令を受けて働き賃金を受けている場合は、労働者として扱われることがあります。


衛生士や助手を数人増やせば、10人の線はすぐに動きます。

常時10人以上になると、週40時間に戻るのと同時に、就業規則を作成して所轄労働基準監督署へ届け出る義務(第89条)と、衛生推進者を選任する義務(労働安全衛生法第12条の2、労働安全衛生規則第12条の2)が生じます。

歯科医院は安全管理者を選任すべき業種ではないため、安全衛生推進者ではなく衛生推進者です。この3つが同じ「10人」で動きます。

18歳未満の職員には、そもそも特例が適用されない

労働基準法第60条第1項は、第32条の2から第32条の5まで、第36条、第40条などの規定を、満18歳に満たない者には適用しないと定めています。

つまり、18歳未満の受付や助手を雇っている場合、その職員の法定労働時間は原則として週40時間・1日8時間です(満15歳以上18歳未満の者については、第60条第3項に限定的な例外があります)。


加えて第36条も適用されないため、36協定を結んでも時間外労働も休日労働もさせることができません(災害その他避けることのできない事由による臨時の必要があり、行政官庁の許可を受けた場合などを除きます。第33条第1項)。

全員を同じシフト表で回していると、この職員だけが違法になります。


なお、満18歳未満の深夜業の禁止(第61条第1項)は、保健衛生業には適用されません(同条第4項)。

夜間診療のシフトに入れること自体は可能ですが、深夜割増賃金は必要です。


一方、労働時間の話ではありませんが、満18歳未満の者を有害放射線を発散する場所における業務に就かせることはできません(第62条第2項。業務の範囲は厚生労働省令で定められています)。

18歳未満の助手にレントゲン撮影の補助をさせていないか、あわせて確認してください。

4. 実務での運用ポイント

届出は要らないが、就業規則の定めは要る


特例そのものについて、届出の手続は定められていません。

ただし、実際に週40時間を超えて働いてもらうには、所定労働時間(会社が決めた、働くことになっている時間)として44時間までの範囲で定めておく必要があります。

定めがなければ、40時間を超えた部分は所定外の労働になります。


ここで注意したいのが、いま週40時間で運用している医院が、所定労働時間を44時間まで延ばす場合です。

これは労働条件の不利益変更(従業員に不利な内容へ労働条件を変えること)にあたります。


職員から個別に合意を得るか(労働契約法第8条・第9条)、変更後の就業規則を職員に周知させたうえで、変更に合理性が認められることが必要で(同法第10条)、就業規則を書き換えるだけでは有効になりません。

「撤廃に向けた検討」が提言されてい

厚生労働省の労働基準関係法制研究会は、令和7年1月8日に公表した報告書で、この特例について「87.2%の事業場がこの特例措置を使っていない現状に鑑みると、概ねその役割を終えている」とし、特例措置の撤廃に向けた検討に取り組むべきであるとしました。

ただしこれは研究会の提言です。


その後、上野厚生労働大臣は令和7年12月26日の記者会見で「令和8年通常国会での法案提出は、現在のところ考えていませんが、今後、必要な中身について具体的に検討を進めていきたいと考えています」と述べています。

本記事の作成時点(2026年8月)で、特例を廃止する改正法は成立も施行もしていません。いまの判断は現行の条文で行ってください

よくある誤解と実際


誤解:歯科医院なら自動的に週44時間になる

実際:業種に加えて「常時10人未満」を満たす必要があります


誤解:労働基準監督署に届け出れば使える

実際:特例に届出の手続はありません。要件を満たすかどうかだけです


誤解:1日9時間まで働かせてよい

実際:通常の労働時間制では、所定労働時間として1日8時間超は組めません。実際に8時間を超えた分は、週44時間以内でも時間外労働です(変形労働時間制を採用した場合を除きます)


誤解:週44時間以内なら割増賃金は一切不要

実際:深夜と法定休日の割増は、法定労働時間内かどうかと関係なく発生します


誤解:1年単位の変形労働時間制と併用できる

実際:併用すると特例は適用されず、週40時間に戻ります


誤解:会社全体で10人未満なら対象になる

実際:医院(事業場)ごとに数えます。パート・アルバイトも含みます


誤解:就業規則を書き換えれば所定を44時間にできる

実際:不利益変更にあたるため、個別の合意か変更の合理性が必要です


誤解:18歳未満の職員も同じシフトでよい

実際:18歳未満には特例が適用されず、時間外・休日労働もさせられません

5.まとめ

週44時間の特例は、歯科医院にとって使い勝手のよい制度です。

ただし「歯科だから使える」のではなく、業種・人数・変形労働時間制の3点をすべて満たして初めて使える制度です。


とくに1年単位の変形労働時間制との関係は、就業規則をきちんと整えた医院ほど見落としがちです。

職員が増えて10人に届きそうな医院も、その日から前提が変わります。

次のシフトを組む前に、いまの前提がまだ成り立っているかを確かめてください。

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